スウェーデンの巨匠、イングマール・ベルイマン監督死去
イングマール・ベルイマン氏(スウェーデンの世界的な映画監督)30日、バルト海にある同国フォーレ島の自宅で死去、89歳。死因は明らかにされていない。1918年7月、同国ウプサラ生まれ。シナリオライターの助手などを経て、40年代半ばに監督デビュー。「夏の夜は三たび微笑む」などで世界に知られるようになり、1957年の「野いちご」でベルリン映画祭金熊賞を受賞。(以下略)
(ストックホルム共同)2007年7月30日 21時11分
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日本のクロサワ、イタリアのフェリーニ、そしてスウェーデンならベルイマン、という位の大監督です。そういう私自身、大ファンを自認するほどベルイマン作品を多く観ている訳でもないのですが、特に「野いちご」は大好きな一本。(難解と言われる彼の作品中では、普通に面白い一本だと思います。)過去と現在、現実と空想が巧みに交錯する「野いちご」の幻想的かつシュールな作風は、ウディ・アレンにも大きな影響を与えています。20年ほど前でしょうか、映画監督を引退して舞台演出に専念するような話を聞いたこともありましたが、とうとうあちらの世界に旅立たれました。合掌。
尚、ベルイマンというのはBergman(バーグマン)のスウェーデン読み。スウェーデン出身の世界的女優イングリッド・バーグマンも、本国ではベルイマンとなります。


「野いちご」の一場面。主人公の老医師イサクが幻想の中で昔の恋人と再会し、老いの現実を突きつけられる場面(だったと思う)
80年代のレンタル・ビデオでダイ・ハード一作目を観てその面白さの虜になり、パート2、パート3と全て劇場に通って鑑賞してきましたが、とりあえず今回が一番ハデでございました。すごくお金がかかってそうです。最近の大作映画はどれもそういう傾向が顕著ですが、どこからどこまでが実写で、どれがミニチュアで、どこがCGなのかよく分からない場面が多数。前作パート3では、相手役がサミュエル・L・ジャクソンで悪役がジェレミー・アイアンズ、といった具合にかなり重厚なキャスティングだったのに対し、今回はブルース・ウィリス以外は大スターが出演していないようで(ただ自分が知らないだったら失礼しました)、その分、映像にお金を注ぎ込んだという事でしょうか。

フランス版のポスター
今回は、合衆国を相手にしたサイバー・テロリスト集団が相手。不死身の体だけが資本の男一匹ジョン・マクレーン(ウィリス)がコンピューターなど自在に扱えるはずもなく、成り行きで行動を共にする事になる若手ハッカーとのコンビで敵に挑む訳ですが、青年の現代的キャラとウィリスのオヤジ振りのコンビネーションがなかなか面白かった。
国家転覆を狙う大規模なサイバー・テロというのがこんなにも簡単に起こりうる事なのか、それとも全くの絵空事であり単なるフィクションであるのか、この方面に疎い私にはよく分からないのですが、ともするとデスクトップ上で全て完結してしまいかねない地味な悪事にうまくド派手アクションを絡ませて、長尺な作品を飽きずに見せてくれました。強いて言えば、最初から最後までサービス精神満点の見せ場が続き過ぎて逆に緩急が失われ、やや流れが平板になってしまった感はありますが…。とにかく、終始盛り上がりっぱなしの映画です。
ご承知の通り、ブルース・ウィリスはトシ食ってますます貫禄増しています。一作目の時は、ヒーローでは決してない、地味で華のない普通のオッサンが孤軍奮闘するところに、作品のひとつの意図があった訳です。(実際、当時のウィリスはあくまでテレビ俳優であって、映画界では無名に近かった。)従って、ここまで大スターになってしまったウィリスが、殺しても絶対死にそうにない頼もしい野郎に見えてしまう事には、大きな安心感と同時にどうしても予定調和の匂いが漂ってしまい、痛し痒しではあります。それでもウィリス、シリーズ一貫した良い味を相変わらず醸し出しておりました。
ちなみにDie Hardというタイトルは、悪役達が「激しく死ぬ」事だとしばしば誤解されますが、「なかなか死なない」の意だそうです。


一作目の頃はこんな感じ
ブラジルのミナス・ジェライス州の代表的アーティストの一人、Flavio Venturini(フラヴィオ・ヴェントゥリーニ)。俗に言う「Club da Esquina(街角クラブ)」の一員です。キーボーディストであると同時に、そのファルセットの美しさが印象的なシンガー・ソングライターでもあるフラヴィオ、彼の1stアルバムにして代表作でもある"Nescente"(1981)は、全編を支配する透明感が特筆モノの作品です。

どのナンバーでも、その比類なき美意識には圧倒されるばかりですが、中でもタイトル曲の"Nescente"の神々しさは出色。同じ街角クラブのベト・ゲヂスの1stアルバム"A Pagina do Relampago Eletrico"や、ミルトン・ナシメントの"Clube da Esquina 2"でも取り上げられていた名曲であり、ここで作者であるフラヴィオ本人の初リーダー・アルバムにも、満を持して登場したという訳です。
ミナス系といえば、日本ではなんと言ってもミルトンが有名ですが、フラヴィオのファルセットもミルトンに全く引けを取らない、いやもしかしたらそれ以上かも…。(ちなみに、本作にはミルトンもボイスでゲスト参加。)
フラヴィオが水辺に佇むジャケ写そのまま、透き通るような瑞々しさが作品全体をくまなく覆う。そんな名盤なのです。

携帯電話ユーザー、数字の記憶力が低下傾向に=調査
携帯電話など情報を記録する端末の普及で、数字の記憶力が低下する傾向にあるとの調査結果が発表された。携帯電話など個人情報を記録できる端末の普及により、ユーザー世代は、自宅の電話番号や家族の誕生日など、単純な情報を記憶する能力が低下していることが明らかになった。(以下略)ロイター
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一見もっともらしいお話ですが、これって記憶力が低下している訳ではなく、単にボタンひとつで電話番号を呼び出せる状況で、いちいち覚える「必要性」がなくなったというだけの話なのではないでしょうか?
例えば携帯ユーザーとそうじゃない人の2グループを用意し、無作為に並べた数字の羅列を見せて、その記憶力の比較をするとかなら分かりますが、自宅の電話番号を覚えているかどうかなんて、記憶能力の低下に対するなんの証明にもならないんじゃないのー?という気が致しました。脳の専門家でもないのにアレですが。
かくいう自分も自宅電話番号を覚えていないのですが、そりゃ記憶力の低下とは関係ないです。と信じたい。


ちょっと空が曇り気味なのでスカッとした南国感に欠ける傾向はありますが、フアヒネ島にて撮影のヤシの木写真です。
Photo by 私東国原知事の宮崎県は県木のフェニックスでも有名ですが、これも見た目そのまま、ヤシ科の植物だそうです。昔の宮崎はハネムーンのメッカでしたが、やはりヤシ類に象徴される南国トロピカル・ムードには普遍的に人を、とりわけ若いカップルを惹き付ける魅力があるのでしょうね。
ウチの近所の住宅地には南欧風(多分)の家々が立ち並び、やはりリゾート感を狙ってのことか、玄関先にソテツの植え込みが目立ちます。ソテツはヤシ科植物ではないものの、南国ムードの演出には欠かせないアイテムですから、これから家を買おうという若い夫婦へのアピールは絶大なのかもしれません。ちなみに私の実家は南欧風でもリゾート風でもない普通の日本家屋ですが、なぜだか庭にソテツが植えられており、しかもかなり巨大化して強い自己主張を行なっています。家人が訪れた時には、思わず並んで記念撮影しました。
タヒチとは全く関係ない
近所のソテツ
厳密には自分名義の作品ではないのですが、とりあえず「自分のCDの事」カテゴリーに分類させてもらいます。2004年にフラワー・レコーズからリリースされたクラブ愛好家向けのリスニングミュージック・アルバム、"F.E.E.L.3"に収録されたariさんの楽曲、「さんご」が、iTune Storeでダウンロード販売されています。(不肖、私めがアレンジ、パーカッション、キーボードを担当しました。)

「さんご」の収録アルバム"F.E.E.L.3"
ariさんは、ご本人名義でリリースした楽曲「雨上がり」がJR九州のCMソングに長年使用されており、九州を中心に大きな人気を誇るシンガー・ソングライターです。高橋真梨子さんへの曲提供を筆頭に、作曲家としても活躍されています。
この「さんご」は歌詞なしのスキャットを主体に構成されたインストで、エレクトロアコースティックなムードのイージー・リスニングという風情です。私もコンガ中心に結構パーカッション叩いていますので、打楽器好きの方も楽しめるかと思います。ベースは椎名達人さん、アコースティック・ギターのソロは森孝人さんと、日頃私の作品で演奏してもらっているチームでバックを固めています。
尚、iTune Storeでは、ariと表記されるべきアーティスト名がなぜかARIになっている上に、曲タイトルも「さんご」が「珊瑚」と誤表記されていますので、検索される際はご注意下さい。30秒ほどの抜粋を試聴できるようになっていますが、全体の展開像を聴いた時の快感は、正直いって抜粋では伝わりにくいかな…。
自分自身も久しぶりに聴き直してみました。ariさんのボーカル・ワークが最大の聞き所であるのは言うまでもありませんが、一方トラック・メイキングの観点で言えば、彼女の声と世界観をうまく生かした良い作りになっていると、我ながら思います。聴き始めるとハマってしまい、延々リピートしてしまう!一曲150円とお買い求め頂きやすいプライスになっておりますので、この機会に是非どうぞ!

近年、ブロードウェイに映画リメイクに「プロデューサーズ」が大ウケしたメル・ブルックス。彼の監督作品の中でも屈指の名作、「ヤング・フランケンシュタイン」(1974)にて怪物フランケンをユーモラスに演じた俳優ピーター・ボイルが、2006年末に71歳で他界していた事を昨日知りました。
「ヤング・フランケンシュタイン」では、監督メル・ブルックスと主演ジーン・ワイルダーが共同脚本を担当。フランケンシュタイン博士の子孫であるフランコンステイン博士が、祖先と同じく生命再生の狂気に取り憑かれ、図らずも怪物の創造に手を染めるというお話。知らぬ者のない古典を題材にしたパロディ・ホラーですが、単なるオフザケ作品であるにとどまらず、原典への敬意を下敷きにして丁寧に再現された1930年代テイストが見事な一本です。

「ヤング・フランケンシュタイン」のピーター・ボイルとマデリン・カーン
写真右のマデリン・カーンも本作を筆頭にブルックス映画の常連でしたが、彼女も数年前、惜しい事に57歳の若さで亡くなっています。美しくもコミカル、そしてタカビーなマデリンの芝居は最高です。写真のマデリンの髪型は、1935年公開「フランケンシュタインの花嫁」のヒロインのそれを忠実に再現した物。
ピーター・ボイル、マデリン・カーンのみならず芸達者がズラリ揃った「ヤング・フランケンシュタイン」は、映画史においてもあまり例を見ないと思われる超良質コメディホラーですが、近年はほとんど顧みられる事がないようで、実にもったいない話。DVDの副音声にはブルックス本人の解説が収録されており、撮影当時の裏話やエピソードが聞けて、とても興味深いのです。


パット・メセニー・グループ(PMG)が1987年にリリースした、"Still Life (Talking)"という名盤があります。ちょうど20年前の作品ですね。ブラジル音楽(ミナス音楽)の色濃い影響の下で彼等が新境地を開拓した歴史的傑作で、いまでもこのアルバムをPMGの代表作に推す声が少なくありません。リリース当時にこのアルバムを聴いた時の感動と興奮は、忘れようと思っても忘れられないです。
"Still Life (Talking) "リマスター盤の詳細をamazonで見るこの"Still Life (Talking)"、2006年にはリマスター盤が再発されましたが、これがまた実に素晴らしいのです。(リマスターとは、それまでの音源に微調整を施し、より良い音質になるよう手を加える作業。)シンバル・レガート一音一音の粒立ち、細かくダビングされた数々のパーカッションの輪郭、各パートの空気感や息づかいなどが更に鮮明に立体的になり、全体の情報量も飛躍的にアップ。細部まで存分に聴き尽くした、と思っていた音楽であるにも関わらず、またまた新たな感動を与えてくれます。未聴の方はもちろん、既にオリジナルを聴いているという方にも強くお勧めです。日頃は何気なく聞き流して、いわば空気の様な存在にさえなっている「音楽」というモノ、実はこんなにも深く心に染み入ってくるものなんだ、と再発見させられること請け合いです。(ただし、再生装置の程度によって感動の度合いは変わってくるかも。)
同じアルバムでもリマスタリングしただけでこんなに違うのですから、やはり「音が良い」という事は「音楽の心」を伝える重要なファクターなのだな、と今更ながら再認識させられます。(楽器の出音が良い、録音が良い、ミックスが良い、マスタリングが良い。音が良いと一口に言っても、制作途上の様々なファクターがあるのでしょうが。)作り手としては益々「良い音」を目指さないといけないでしょうし、聴き手としても、少しでも良い音で音楽を味わって「送り手の心髄」に触れなければならんなあ、と感じます。
それにしても、PMGの音作り(演奏、作編曲含め)における頑固なまでに徹底した姿勢には、毎度毎度打ちのめされます。彼らのマネをしたところで仕方ないので、特にPMGの音楽を目標にしている訳ではありませんが、音楽から感じられる「手触り」や「精神性」、そしてギリギリまで追い込んだ結果の「高い完成度」という要素に関しては、少しでも彼らに近づく事ができれば、と思っています。

睡眠や目覚めのリズムをつかさどる「体内時計」に関係する遺伝子が、ショウジョウバエから発見された。新遺伝子はオレンジ・ドメインというタンパク質構造を持つことから、著名映画(および同名の原作小説)にちなんで「時計じかけのオレンジ」と名付けられた。
(少し前の新聞記事より)

画像は本文と関係ナシです
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「体内時計」と「オレンジ・ドメイン」をかけて「時計じかけのオレンジ」とは、なかなかトンチの効いた研究者の方々です。
「時計じかけのオレンジ」は、時代が移り変わっても全く色褪せない普遍的作品として、一貫した高い評価を獲得している一方で、暴力を礼賛しているとの誤解も根強く存在するようです。「時計じかけのオレンジ、大好きなんです」の一言は、相手をよく見てから言わないと「私は暴力嫌いなんで」とアッサリ拒絶され、悲しい思いをすることになります。好き嫌いは人それぞれ、と言えばそれまでですが、私とて暴力に惹かれてこの映画に心酔している訳では決してないので、大変複雑な気持ちになってしまうのでした。

「時計じかけのオレンジ」は、人類が誇るべき20世紀の遺産です。テーマや設定の面白さもさることながら、構図や照明、美術に工夫をこらした映像美が圧巻。格調高い絵画の様な品格があります。暴力描写に気分を害されるケースもあるかもしれませんが、その不快感こそが逆説的に映画の意図に繋がっているとも言えるので、途中で止めずに最後までご覧あれ。


ポスターのタイトル・ロゴが好きです
以前に家人の日傘に入れてもらったら、あまりの涼しさに驚愕しました。炎天下を歩行していても、あたかも木陰で寛いでいるかの様な清涼感。日傘、素晴らしい。その時以来、男物の日傘があったらいいのにと常々思っていたのですが、ちゃんとありました。
男の日傘(カサヤ・ドットコム)男性用の日傘が既に商品化されているのは目出たいとして、問題は社会での浸透度です。いくらデザインが男っぽくても、私には日傘をさす「勇気」がありません。オゾンホールとか紫外線の害悪などの話題は、一昔前に比するとかなり多く語られる様になりましたが、太陽の光を一杯に浴びて黒光りしている姿が男らしいという通念も、世間一般ではまだまだ根強いと思われますし。(ま、確かにそれに憧れる気持ちもありますが。)
しかし、オカメ顔が美人とされていた日々も、過去には確かにあったのです。携帯電話が普及していない頃は、携帯を使う事さえも恥ずかしかったのです。更に、80年代アイドルの髪型やマユゲを思い出して下さい。斯様に価値観とは変化するものであり、男の日傘が認知される時代がいつかやって来ないとも限りません。いや、それを自ら勝ち取らなければならないのです。
そういう訳で、まずは日傘を購入しないと始まらないのですが、なかなか初めの一歩を踏み出せない自分がいます。


70年代後半のチック・コリアのソロ作品は、どれもオリジナリティがある上に完成度が高くて大好きです。大好きであるが故に今まで見過ごしてきたのですが、先日マジマジと眺めていて気付きました。アルバム「妖精」のジャケットは完全にイッちゃってます。

咲き乱れる花々の中に佇むオッサンの服のハート模様、ヘンな髪型、チョビ髭、全てがヤヴァイです。それで妖精とコミュニケーションもしちゃってる訳ですから、どこからどう見てもマトモではありません。こんな人が夜道を歩いていたら、たちまち通報されてしまう事でしょう。このアートワークが自分のアルバムのジャケットになる事を想像すると、ちょっと落ち込んでしまいます。
言うまでもないですが、中身の音楽は素晴らしいので誤解なきよう。(どうでもいいですが、この頃のチック作品のジャケット、本人自らがコスプレした様なヘンテコな物が多いですね。)

2007年は、スター・ウォーズの第一作が公開されてから三十周年のおめでたい年です。しかし、これは全米公開の1977年から数えての話であり、日本初公開は一年遅れの1978年ということもあってか、国内では一般でこの話題が浮上することも少ないように見受けられます。
それでも、メーカーはあくまで商魂たくましい。8月に三十周年記念DVDボックスが発売になるようです。

しかしSWのDVDは、これまでにも同じ様な品物が手を替え品を替え、繰り返し発売され続けているので、正直「またか!」という印象はぬぐい去れない。今回は、旧三部作の改訂版として1997年に公開された「特別篇」に加え、劇場初公開時の「オリジナル版」も同梱されているのですが、まあマニアの皆さんなら、過去に発売された時点でとっくに入手しておりますわなあ。今回のボックスを購うメリットがよく分かりません。
とまあ、お決まりの不平不満など一応並べてはみましたが、そんな事はハッキリ言ってどうでも良いのです。公開から三十年も経ってしまったという事実の方がよっぽど問題です。三十年もあれば物事いろいろと進歩、変遷していくものだと思いますが、自分の内面に関しては当時と何も変わっていないのがコワい。どんなホラー映画よりも怖い…。

人の声を使ったジャズ系音楽が好きです。(普通のポップス系の歌物も大好きですが、こちらは声が入っているのが当たり前なので、ここでは取りあえず除外。ジャズ/フュージョン等や映画音楽に限っての話です。)

歌詞のついた音楽というのは通常、詞になんらかのメッセージなり意味するところなりがある訳で、それを楽しむのがリスニング時のひとつの醍醐味でしょう。しかし、例えば外国語の歌詞となると「言葉」は単なる「意味を持たない音の羅列」として耳に入り、詞の意味は二の次になる場合が多い。英語の歌詞なら分かるよ、という人はいまどき少なくないかもしれませんが、中国語、ルーマニア語、ドイツ語、スワヒリ語の歌詞を全て理解して聴いている人もなかなかいないでしょう。パット・メセニーの音楽にポーランド語の歌詞をつけたアルバムがありますが、ポーランド語を全く解しない私には結果的に、これが実に魅力的なスキャットに聞こえてしまいました。
そういう意味では、インストで使われるスキャット系ボイスは、実にユニバーサルな普遍的言語だと思うのですよね。人の声の力が、人種、国籍、使用言語などを問わずに世界中の誰にでも届きうるという点で、作り手としても大きな可能性を感じます。自分の次回作に予定しているのは日本語歌詞付き音楽なので、スキャット系インストの音楽制作はしばらくお休みですが、またそのタイプの新作を制作する日が楽しみです。

ヒッチコック劇場を毎週欠かさず観ています。このドラマは、1950年代と1980年代にそれぞれ制作、放映された一回完結のテレビ・シリーズ。(ヒッチコックが監督している訳ではなく、彼は番組の進行役。)時代のせいなのか、50年代作品は比較的のんびりした空気の中にもブラックな味つけが施された良作が多かった半面、80年代の諸作はややサイコな雰囲気が強調されて、ちょっと病んだ感じで後味が悪いなあ、と思っておりました。
しかし先日の作品は、そういった傾向の強い80年代シリーズの中でもなかなか良く出来ていて面白かった。金持ちの老人と文無しの若者が、スポーツカーと小指を賭けた危険なゲームをするお話。とにかく出演陣が超豪華で,大監督にして俳優のジョン・ヒューストンにメラニー・グリフィス、ティッピー・ヘドレンにキム・ノバクが登場。(ただし、この頃のグリフィスは駆け出しと思われる。)
言うまでもありませんが、ヘドレンはヒッチコックの「鳥」のヒロインで、ノバクは同じく「めまい」のヒロイン。更にメラニー・グリフィスはヘドレンの実の娘であり、芸名のメラニーは、母親が「鳥」に出演した時の役名からとった物です。ヒッチコックゆかりのドラマとは言え、スゴイ顔ぶれを揃えたもの。
時代がそう遠くない事もあり、80年代シリーズには我々にも馴染みの深い俳優,監督、脚本家の名前が多く登場するので、おっ、あの人がこんな所に!と発見する楽しみもあります。尚、ヒッチコックは1980年に他界しており、80年代シリーズの司会で登場するヒッチコックは、過去の映像に彩色して使い回ししたモノです。


家人がなかなか起きてこないので起こしにいったら、寝ぼけた状態で「ちょっと後にして」みたいなことを言われました。後で尋ねたところ、車を運転する夢を見ていたとのこと。運転に追われて、それどころではなかったそうです。(家人は運転が苦手。)


ジョー・ザビヌルがボクシングをやってるのは有名な話です。以下は彼がトレーナー(?)相手に激しくスパーリングしている映像。
http://www.youtube.com/watch?v=UbwAaM8O7r0当ブログでは、ザビヌルが表紙になっている雑誌「Z」の事をウォッチして昨年末から茶化して来ましたが、本人に見つかったら怒られるのではないかとちょっと怖くなりました。日本語は読めないだろうから大丈夫でしょうけれど。
この映像は少し前の物だとは思いますが、この勢いならまだまだ凄い音楽をやってくれそうです、ザビヌル先生。ちなみに映像後半の本編(?)は演奏場面で、そちらもなかなか面白いです。ウェザー・リポート以来の盟友、パーカッショニストのマノロ・バドレーナの姿もあり。


Egberto Gismonti(エグベルト・ジスモンチ)のソロ公演が2007年8月に東京で行われますが、更に追加公演が決定したそうです。別に私が嬉しがる筋合いではないけれど、世間の注目もかなり大きいようでなんだか喜ばしいです。
2007年8月21日(火)草月ホールにて
詳しくは公演の公式サイトをご覧下さい。
http://www.gismonti-live.jp/index.html来日記念に、ECM時代の諸作も再発されるとのこと。
http://www.gismonti-live.jp/disco.html地味に盛り上がって参りました。天才の仕事に触れて脳内革命を起こす絶好のチャンスが、まもなく到来。


「エムトゥーメ」という読み方であっていると思いますが、70年代マイルス・バンドのパーカッショニストだったMtumeのコンガ演奏は大変にカッコいいです。正統派ラテン語法の演奏とはかなり違う(あえて言えばファンク語法?)けれども、そういう系統のコンガ奏法にありがちなインチキ臭さやテキトーさが希薄。非常にテクニカルでオリジナリティがあるし、複数本のコンガの扱いも巧みだし、なによりもスピリチュアルでホットなところが最高です。(マイルスの公式録音中では、「パンゲア」、「アガルタ」等のアルバムで彼のコンガを聴くことができます。)

マイルス・グループでのMtume(70年代前半)
彼は後にMtumeという名前のファンク・バンドを結成し、80年代に成功を収めています。リーダーのMtumeがこのグループでどれだけの音楽的主導権を握っていたかはハッキリとは分かりませんが、一義的にパーカッショニストであるだけでなく、ボーカルやキーボードを手掛けてトータルな音楽性を発揮した彼のスタイルには、非常に共鳴いたします。
マイルスとやっていた頃の極めて音楽的なプレイ・スタイルも、その後の多彩な活動振りを思えば、さもありなんという印象です。

最近はそういう機会もめっきり減りましたが、HPを初めて作った10年程前には、自分のサイトと似たジャンルのホームページとの相互リンクという形で、見知らぬ同好の士とネット上でお近づきになる事もしばしばありました。そうやって知らない者同士で相互リンクを持ちかけたり、持ちかけられたりしていた90年代。

しかし、メールを下さる方の中にはそそっかしい人もいて、こちらの名前を間違っておられることもよくありました。これまで最も印象的だった勘違いは、「おがたけんたろう様」(笑)。(私の名前はおがたたけろうです。)
もうひとつ思い出深いのは、数年前に入院して肺に管を入れられていた時のこと。(管のことは思い出すだけでもツラいです…。)運ばれてきた病院食のお盆に乗せられていたネームプレートが、「おがたたけたろう様」でした。胸が苦しくて笑うに笑えず、困りました。

フィリピンで2000年にリリースされた極上AOR。YutakaことYutaka Yokokura(横倉裕)の全面プロデュースという、ファンにはたまらない内容です。日本では入手困難な状況が続いていましたが、うれしい事に最近はiTune Storeで販売されていて手軽に入手できるようです。

この"Show Me The Way"は、フィリピンの男性シンガーChad Borja(読み方はチャド・ボルジャでいいのかな)が英語とタガログ語で歌うソロ・アルバムで、前述の通りYutakaがプロデュース。Yutakaはキーボードとアレンジ、ドラム・プログラミング、パーカッション・プログラミングを担当して全体を取り仕切っていますが、彼のセンス良くもナチュラルなサウンド・メイキングが本当に素晴らしい。個人的には打ち込みドラムにはあまり興味がないのですが、こんな打ち込みならやってみたいものです。Yutakaの代表的オリジナル、"Summer Without You"も取り上げられている他、計三曲のYutaka楽曲も収録されています。ボーカルのゲストにはケヴィン・レトーの名も。
強いて惜しまれる点を挙げれば、Yutakaが真骨頂を発揮するブラジリアン路線の楽曲が含まれていない事くらいでしょうか。長年に渡りリーダー作の途絶えている彼の、近年の仕事の中では最も充実した物のひとつなので、気になる方はチェックをお勧めします。

マックにトラブルが発生し、様々なデータが一瞬で消失。(音楽データは別扱いなので無事です。)過去数年分のメールやアドレスも全て消えてしまいました。友人知人、過去の生徒さん、CDを聴いて感想を下さった方々のメール、etc, etc...
自分のサイトやブログをお持ちの方とか、SNSで繋がっている方々にはこちらからも連絡つけられますが、その他の皆さんには全く連絡できなくなってしまいました。よろしければ、近況など交えつつメールアドレスをお知らせ頂ければ幸いです。
泣


元々あまーい物が大好きで、チョコレートやアイスクリームをよく(というよりも大量に)食べていました。しかし、若死したジョン・コルトレーンの大好物がアイスクリームだった、などという逸話も耳にした事があり(もしかしたら記憶違いかも)、甘いものの摂り過ぎはマズい、とちょっとした危機感を覚えております。そんなこんなで、最近よく食べるデザートはコンニャクゼリー。これとてかなりの糖分が含まれているので、ドカ食いしてはまったく意味がないのですが、卵や生クリーム、油などを多用した菓子よりはマシかと思い、適量を摂してします。
これがまたなかなかウマいので、ついつい食べ過ぎてしまいそうですが…。(蒟蒻ゼリーを食べるときは、よく噛みましょう。)


コンガの教則DVDというのは、それはそれは沢山発売されています。そんな中、これからコンガを初めて叩こうという初心者の方には、「アドヴェンチャー・イン・リズム1 コンガ」by リッチー・ガルシアをお薦めします。
詳細を見る発売されている多くのコンガ教則DVDは、単に眺めて「スゴイなー」で終わってしまうような難しいものがかなり多いのです。それはそれで見るには面白いのですが、初心者の方には役に立ちにくいと思われます。一方、「アドヴェンチャー・イン・リズム1 コンガ」は、DVD一本約一時間で基本パターンひとつを解説するという、初心者向けの内容。既にコンガに慣れ親しんでいる方にはやや簡単過ぎるかもしれませんが、初めての方にとっては、丁寧な説明で分かりやすいと思います。
ウェザー・リポート(WR)の最後期にリリースされた一枚。確か1985年頃のリリースだったでしょうか。まるでジョー・ザビヌルの一人多重録音かと思う様な雰囲気も随所に感じられ、正直その辺のムードにはあまり関心を引かれはしないものの、一方でなかなか魅力的な曲も含まれています。面白いアルバムです。

Sportin' Life/Weather Report
その筆頭は、パーカッショニストのミノ・シネルのギター弾き語りをベースにしたフォーク・ミュージック風ナンバー、「コンフィアンス」。クレオール語で歌われていると思しきボーカルの味わいといい、素朴な曲調といい、実に素晴らしいです。ミノ・シネルは、パーカッショニストとして独創的というだけでなく、トータルなミュージシャン・シップを発揮できる優れたアーティストである点で非常に共感します。
また、ウェイン・ショーターのオリジナル、「パール・オン・ザ・ハーフ・シェル」も相当の名曲です。ある意味、本アルバム中の白眉。例えば、アルバム「ヘビー・ウェザー」収録の「パラジウム」とか、「幻祭夜話」収録の「フリージング・ファイアー」等々、WR作品に収められたショーター楽曲は、どのアルバムでも異彩を放っていて目が離せませんが、この「パール〜」もそういった位置付けのナンバーと言えましょうか。
このアルバムは、ボビー・マクファリンを含めた何人かのボイスがフィーチャーされている点も特徴的。WRは、既に1stアルバムの時点で(ほんのわずかですが)ドラムのアル・ムゾーンのボイスを使っていますし、過去にマンハッタン・トランスファーをゲストに招いた事もある。(その他、在籍メンバーのボイスを使用した例が多数。)民族音楽的と言うか、器楽的というか、そういう人声使用に早くから取り組んでいた訳で、その集大成的な側面もここに垣間見ることが出来ます。
本アルバムの次に作られたWR最終作、"This is This"では、ウェイン・ショーターはほとんどゲスト扱い、まるでザビヌルのソロ・アルバムの様な仕上がりになっているという事を考えると、実質的なWR最終作は、この「スポーティン・ライフ」だと言っても過言ではないかもしれません。
