我が家では現在、不二家応援キャンペーンを実施しております。ケーキの販売も再開されたので、近所の不二家レストランでお茶請け用に買って参りました。家人はストロベリーショートケーキを、私はブルーベリータルトを。タルトというのがどういう物なのか、その定義は正確には知らないのですが、私はタルトが大好物です。ジャズの定義はよく分からないが、ジャズと言われるジャンルの音楽はよく聴いている。そんな状態に近いでしょうか。(近くない)



いつもご覧頂きありがとうございます。皆様連休はいかがお過ごしでしょうか。バカンスの方も仕事の方も、それぞれ充実した日々となりますよう。そしてお手持ちの方は、私の音楽を是非とも行楽や仕事のお供に!私はスパイだー満を見に行って来ます。
「リトル・ミス・サンシャイン」を観ました。インデペンデントの低予算映画ながら米国で大ヒットを収めてアカデミー作品賞にもノミネートされ、助演男優賞と脚本賞を受賞したという話題作。ストーリーを要約してしまえばかなりシンプルで、ミスコンに出場する末娘(7歳くらい?)の為に一家が総出で開催地に向かうというロードムーヴィー。グレッグ・キニア(娘の父親役)とアラン・アーキン(祖父)が出ているという事に興味を引かれました。
リトル・ミス・サンシャイン / 商品の詳細を見る単純(?)なお話をものすごく膨らませているのが、ひとクセもふたクセもある個性的な家族の面々の人物設定。自ら開発した成功哲学を売り込んで本を出版しようとするも、なかなか契約の取れない父親、家族を疎んじて一切口をきかずに筆談のみで会話する長男、プルースト研究者で自殺未遂したばかりの叔父などなど、いずれもうだつのあがらぬ者揃い。なかでもオスカー獲得のアラン・アーキンが演じる祖父のあまりにも人間的で重層的なキャラクターは、彼の演技も相まって素晴らしかったです。(「人間的」というのは、「優しくてステキなお爺ちゃん」という事ではありません。むしろその反対と言うか。)些細なエピソードの積み重ねもうまく後の伏線になっていたりして、実によく出来ています。
劇中では、ミスコンテスト出場という勝ち負けに関わる事柄が重要なテーマになっており、出て来る家族もそれぞれに大きな挫折を味わいつつ生きています。人間誰しも自分が目指す目標に到達したいと思うものですし、己の仕事にしても学業にしても家庭にしても、そりゃうまくいかないよりはいった方がいいに決まっている。しかし、いつでも自分の思い通りになるばかりが人生ではない訳で、いったい勝負に勝つとはどういう事なのかを、しみじみ考えさせられます。勿論、そんな事を考えながら観るのが野暮だと思えば、辛気臭い事抜きにしても純粋に楽しめるお薦め作品です。スパイダーマンもいいけれど(私は初日に観に行きますがハッハッハ)、超大作以外でも面白い映画はあるものですね。


エリス・レジーナがロー・ボルジェスの名曲"Trem Azul"を熱唱する映像。
http://www.youtube.com/watch?v=64iaBI15Anw物凄い迫力でブッたまげました。


いつもしつこく言い続けているのですが、ウェザー・リポート(WR)はなんと言ってもミロスラフ・ヴィトウス在籍時の初期(特に1stアルバム)の、あのスペーシーなサウンドがカッコいいのであります。ヘソ曲がりですみません。ジャコがいた時代のWRが最も人気がありますが、人気の高さと音楽性の高さはまた別物と言う事で…。
などと多くのジャコ・ファンを敵に回すような事を口走っておりますが(恐らくヴィトウス・ファンが束になってジャコ・ファンに挑んでも、多数決で勝ち目なしでしょう)、"Heavy Weather"はポップで解りやすくてしかもクオリティの高い、流石のアルバムです。ダテに高い人気を誇っている訳ではないのです。
ウェイン・ショーターの手による名曲「パラジウム」や、モントルーでの実況録音のパーカッション・デュオ「ルンバ・ママ」、ジャコ作曲で彼のベースが冴える「ハヴォナ」など、聴くだけで鼻血が出そうな演奏が満載。「ルンバ・ママ」は実際のライブ映像も見ましたが、バドレーナとアクーニャがかわりばんこにコンガを叩く姿には思わず感涙が滴り落ちます。「バードランド」とか「ティーン・タウン」などの人気曲が入っているA面(レコード時代の話)よりも、むしろ一見地味なB面の方がカッコいい。
この後のアルバムでWRのドラムを務めることになるピーター・アースキンも巧さ抜群、凄い奏者ではありますが、「ヘヴィーウェザー」のアレックス・アクーニャ(ds)〜ジャコ・パストリアス(b)という組み合わせも大変結構と思います。アクーニャのドラミング、とにかく熱いです。何だかよく解らない何かが確かにほとばしっています。また、マノロ・バドレーナのコンガやパーカッションも一見荒っぽくてテキトーに思えますが、実は物凄く行き届いている演奏と感じます。
とかくジャコの存在にのみ耳目が集まりがちな「ヘヴィー・ウェザー」ですが、実はそれ以外の聴きどころが山ほどあり、まずはジャコの存在を忘れて聞いたほうが、本作の真髄を見逃さずに済むような気がします。(ジャコその人のジャズ史における偉大な功績は、とりあえず脇に置いといて。)本作を聴いて「ジャコってスゲエな」で終わっては、ハッキリ言って勿体ないです。(端的に言うと、猛獣そのものよりもそれを操る猛獣使いの方がよっぽどスゴいと私は思っているのです。)
もうひとつ。演奏面ばかりが突出して評価されてばかりであまり語られていないような気がしますが、本作はミックスが素晴らしい。その筋の専門知識が乏しいのであまり具体的な例示もできませんが、ガッツのあるリズム・セクションとカラフルなウワモノの均衡が絶妙です。音響面に限って言えば、「ヘヴィー・ウェザー」はWRのアルバム中でベストであるのみならず、この時代を代表する出来映えだと思います。演奏、音響のトータルな完成度という意味でも、本作がWRの代表作とされているのはあながち見当外れでもないのかもしれません。(それでもやっぱり私は1stアルバムの方が以下略…)
定番中の定番のアルバム。音楽通を自認しつつも未聴な人は、大至急に聴くが吉です。

2007年7月まで六本木でモネ展が開催中ですが、まさにタイムリーな「
モネの切手」ページを発見。
「
水彩油彩の画集サイト」内に設けられた「
切手で見る名画」のページの一部です。モネ以外にも、洋画はもちろん浮世絵、日本画や近代日本の洋画など、多くの絵画切手画像がアップされていて面白いです。
子供の頃に切手を集めていたので、切手の中の絵画にはいまだに強く反応してしまいます。
モネ展のポスター
同じ「オガタ」だから、もしかしたら遠い親戚かもしれん、と敬意と親しみをもって眺めているのがイッセー尾形の存在です。初めて彼の事を意識したのは、80年代に放映されていた「ビートたけしの学問ノススメ」という学園コメディ。夏目漱石の子孫の中学教師の頑固な兄という役柄で、懐手をして苦虫を噛み潰したような顔で出演していました。その後、初めてライブを見に行くまでに約10年かかりましたが。
桂米朝の落語を聞いていると、何人もの役者がそこにいるかのような錯覚に陥ります。イッセー尾形の芝居も、演じる人物は一人なのに幾人もの関連人物の存在がリアルに感じられる点で酷似しており、「一人芝居」だという事をついつい忘れてしまう程です。(と米朝ファンの家人が申しております。)キャラクター設定も相当に膨らみが与えられていて、「いるよね、こういう人」というような単なる「あるあるネタ」を通り越している所がスゴいです。
録り貯めたビデオがドッサリあるので、少しづつ楽しんでおります。生のライブ、未体験の方は是非一度ご覧になることをお薦めします。

2007年3月の新聞連載自伝「私の履歴書」は、「ねむの木村」の宮城まり子さんでした。

小学生の時に学校でドキュメンタリー映画「ねむの木の詩」を見せられましたが、当時の自分にはあまりにも難しい映画だったものです。「観て感じた事を絵に描きなさい」と言われたはいいが何を描いたらいいのかさっぱり分からず(そもそも、何についての映画だったのかさえもよく分かっていないので当然です)、仕方なく「戦車」が出て来た場面を勇猛に描いた私は、今思えばイタい子供でした。担任の先生もさぞあきれたことでしょう。それでもその時の事がこうして強く心に残っている訳ですから、あの映画鑑賞には理解できないなりにも大きな価値があったのかもしれません。
自分が物心ついた頃には既にねむの木学園を運営していた宮城まり子さんは、てっきり生え抜きの福祉関係者だと思っていたのですが、元々は女優さんだったのですね。実は今回の連載を読むまで知りませんでした。その生い立ちや女優としての活動振り、そして今の道に足を踏み入れる事になった契機などを読むにつけ、つくづく鋭敏な感性の持ち主であるなあと感じました。音楽と芸能を志し、成功も収めた彼女がやがて必然的に療護の道を歩んだ事を知ると、人には抗うことの出来ない宿命とか使命とかいう物があるのかもしれないな、と思ったりします。
このGIFアニメはhttp://www.animegif.netで作成しました
車の運転時。横断歩道で歩行者が待っていれば、一時停止して道を譲る訳です。ちょっと気の利いた歩行者さんは小走りに渡りながら会釈していくのですが、中にはそれが当然の権利だと言わんばかりに悠然と(ノロノロと?)渡っていく方もおられます。もちろん会釈はナシ。
別にお礼を言って欲しくて道を譲る訳ではないのですが、前者なら「譲ってくれて有難う!」「どういたしまして!」という短くも美しい無言の人間ドラマが生まれるのに対し、後者の場合は歩行者と運転者との間に心の交流が全く生じず、大変寂しい心持ちになるものです。
と言う訳で、この殺伐とした現代社会における一服の清涼剤となることを目指し、自分が歩行者として車と向きあう際は、全力疾走かつ満面の笑みで深くお辞儀しつつ道を横断しています。(キモい)


ミナスの代表的シンガー・ソングライターの一人であるロー・ボルジェスの最新作、"Bhanda"の収録曲を試聴できます。(2007年4月現在。)
こちらにて。リンク先に飛ぶと勝手に音が出るので、職場でご覧の方はご注意を。
新曲は二曲あり、私は特に二曲目が気に入っています。瑞々しいです。アコースティックなサウンドにうまくブレンドしたシンセ(多分)の使い方がセンス良し。70年代の曲を初めとする旧作も併せて聴けますので、是非お試しを。五曲目が収録されているのは、ミルトン・ナシメントと双頭名義の名作"Clube da Esquina"(1972)です。
ロー・ボルジェスやトニーニョ・オルタを聴くと、自分も歌ってみたいなーと思います。(彼等が歌ってるんならじゃあオレにもできるわ、とかそういう事ではない。)近い将来はあり得ないですが、死ぬまでには自分で歌いまくるアルバムを一枚作るかもしれません。(笑)
Lo Borges "Bhanda"こちらはタワーレコードへのリンク。
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1545420&GOODS_SORT_CD=101
日曜洋画劇場における淀川長治の映画解説ばかりを集めた、そんなDVDが出ているのだそうです。映画本編は収録されていない、純然たる解説集です。映画の価値というのは当然映画そのものにある訳で、その解説にスポットライトが当たるとは恐らく世界的にも類例のないことではないでしょうか。
アマゾンの商品説明を見ると、映画史に残る大作、人気作のタイトルがズラリと並んでいて心躍ります。個人的に大好きな「天国から来たチャンピオン」(ウォーレン・ビーティ監督主演)がラインナップに加わっているのも嬉しい。淀川さん最後の解説となった「ラストマン・スタンディング」も収録されています。(亡くなる直前に収録されたこの最後の解説、録画して今も大事に保存してあります。)「ラストマン・スタンディング」は(申し訳ないですが)作品としては特に抜きんでた物ではなかったと感じていますが、淀川さんのラスト解説対象になったことで、はからずも日本の映画ファンの心に強く留まる一本になっているのではないでしょうか。
DVDジャケットの背景には、淀川さんがこよなく愛したチャップリンの「独裁者」のポスターが見えます。

環境ウェブマガジンEcolocoの2007年春号で、拙アルバム"Mundo Novo"を紹介して頂いております。是非ご覧下さい。
こちらです。
写真は本文と関係ナシです
古い映画というのは表現手法が現代のそれよりもややプリミティブであり、技術的な側面で見ても私の様な素人に比較的分かりやすい。そういう意味では、何か物を作る時にどうやったら自分の意図が受け手に伝わるかという事を考える時、どこか参考になるような気がします。「バルカン超特急」は1938年作、ヒッチコックのイギリス時代の代表作のひとつ。列車を舞台にしたサスペンスの古典でもあります。原題は"The Lady Vanishes"(消えた婦人)。エリオット・グールドとシビル・シェパードの主演で70年代末にリメイクもされ、「レディ・バニッシュ」の邦題で公開されています。某映画解説者が監督したカルト的珍作「シベ○ア超特急」は、この「バルカン超特急」やアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」の
パロディオマージュと言えましょうか。
バルカン半島にある架空の国が舞台。主人公の女性が英国行きの汽車で乗りあわせた老婦人が、走行中の列車内で突如として姿を消すのが事の発端。婦人を目撃していたはずの同室の乗客達は口を揃え、そんな女性はいなかったと言い始める。彼女は一体どこに消えてしまったのか? なぜ目撃者はシラを切るのか? クリケット狂いの英国人や不倫旅行中のカップルなどそれぞれにワケありの乗客の事情も絡ませつつ、事件の謎に迫る主人公達をサスペンスとユーモアとロマンスの中に描いています。ちなみに、孤立無援の主人公の味方をする男を軽妙に演じるマイケル・レッドグレイブ(下の画像の左側の男です)は、名女優バネッサ・レッドグレイブの父親です。
「第三の男」や前述の「オリエント急行殺人事件」もそうですが、多国籍の乗客等が複数登場するスリラー映画というのは各人物がいちいち怪しく感じられ、サスペンス感を増大させます。(英語圏の映画で英語を話さない外国人、またはカタコトの英語を話す外国人が出て来ると、得体が知れなくてちょっと不気味に見えるものです。そう見せようとする演出のせいもあるだろうけれど。)
なにしろ昔の映画ですので多少の古さはありますが、巧みな語り口で一気に見せてくれます。恐らく、公開当時は相当に斬新な作品だったのではないでしょうか。70年も前の映画が、時を経ても色褪せていない事に驚かされる。そんな一本です。


ボブ・ジェームスの4枚目のリーダー・アルバム。ジャケ写はヒゲのない頃のご本人のお姿。アートワークがやや投げやりな感じもします。写真もあまりいいとは思えないし、タイトルロゴ(?)も微妙にヘン。それはともかく、内容は実に良いです。随所に垣間見られるボブ・ジェームス節を心ゆくまで堪能できます。
アート・ファーマーのフリューゲルホルンとヒューバート・ローズのフルートがリードのメロディーやソロパートを担っていて、その柔らかな風情に得も言われぬ深い味わいがあります。リズム・セクションもゲイリー・キング、スティーブ・ガッド、エリック・ゲイルと言った名手がガッチリ支えていて安定感抜群。(メンバーに故人が多くなっているのは淋しい。)
また、ストリングスやホーン・セクションのアレンジも聞きどころ。次のアルバム「ヘッズ」ではシンセサイザーのパートがかなり増えますが、本作は生の管弦がアレンジの主体で、そのカラフルな色合いが最高です。言う迄もないですが、ボブのピアノ・ソロ、エレピ・ソロの簡潔かつ適切なフレージングも相変わらず素晴らしい。
曲、アレンジメント、リズムセクションのアプローチ、色々な点ですごく刺激を受けるアルバムです。

藤城清治の影絵展に行ってきました。

子供の頃に親が「暮らしの手帖」を購読しており、なぜかそれを好んで読んでいた私(商品テストが好きでした)は、毎号掲載されていた藤城清治の影絵に慣れ親しんでいました。そういう個人的事情もあって、今回の展示の事を知った時は大変懐しい気持ちになりました。実際に目の当たりにすると、印刷物やパソコン画面では伺い知れないディテールにこそ作品の真髄があり、やはり足を運んでみて良かったです。
トレーシングペーパーを重ねて貼りあわせる事で表されている(らしい)光の軌跡や、セロハンの重ね合わせで表現される色の濃淡などなど、気の遠くなるような細かい作業の積み重ねには心底驚嘆しました。また、作者の半生を知ることが出来たのも、作品の背景を知る上で非常に興味深かった。「光と影」の芸術である影絵とは、まさに人生の「光と影」が反映された物であるという事がよく分かりました。
2007年5月26日まで、横浜そごうで開催されています。
藤城清治の公式サイト
春になったはいいが、部屋の中にいると足腰が冷えてかなわんなー、かと言って今更灯油を買うのもバカバカしいし、と思っていたところ、湯たんぽを膝の上に乗せておくと体が温まるという話を耳にしました。なかなか良さそうだわいと早速に湯たんぽを探しましたが、もう冬も終わったせいか、これがなかなか売っていない。湯たんぽ、湯たんぽ、とウワ言を言いながら何日か過ごした後、たまたま買い物に行ったスーパーで偶然に出会いました、「ゆたぽん」に。

ジェル状の物質が詰まった小さな枕状の袋を電子レンジで温めて使う、という便利な一品です。ねつさまシートのホット版と言ったら良いのか。(でもこれは繰り返し使えます。)お湯を沸かしたり入れ替えたりする手間がいらないので、大変重宝しています。ネーミングも良いですね。今も膝上に乗せておりますよ。
メーカーの商品紹介サイトはこちら
キースのヨーロピアン・カルテットの名盤。美しく優しい名曲の数々が収録されています。彼の音楽を聴き易いかどうかで判断するのは激しく間違っているとは思いますが、ここには詩的で叙情的、フォーキーでメロディアスな音楽が展開されており、恐らくは初心者にもかなり分かり易い。分かり易いとは言え、演奏そのものは非常に骨太で高密度。耳の肥えたリスナーをも満足させられる、そんな一枚と言えましょう。北欧録音の本作に対して極めて安易な例えですが、澄んだ湖のようにピンと張り詰めた空気が全体を覆っています。
私自身はジャズを聴き始めて間もない頃にこのアルバムに出会い、大変に幸運でした。80年代以降は主にトリオとソロが活動の主体となっているキース・ジャレットですが、カルテットでの新作をぜひ聴いてみたいものだと時々思います。(それがアメリカン・カルテット的な物であれ、ヨーロピアン・カルテット的なものであれ。)

「情婦」は1957年作、アガサ・クリスティの短編小説「検察側の証人」の映画化作品です。殺人事件の容疑者をタイロン・パワーが、その妻をマレーネ・ディートリッヒが、腕利きの老獪弁護士をチャールズ・ロートンが演じ、名匠ビリー・ワイルダーがメガホンを取った法廷物の傑作。詳細は語りませんので(原作を読んでいる方は当然結末もご存知でしょうが)、とにかく予備知識ナシにご覧下さい。抜群に面白い映画です。医者に酒を止められている弁護士ロートンの監視役としてユーモラスな立ち振る舞いを見せる看護婦は、ロートン夫人のエルザ・ランチェスター。
2006年夏頃の情報なのでその後どうなったのか分かりませんが、アル・パチーノとニコール・キッドマンの共演でリメイクが企画されているという話もあったようです。パチーノが容疑者を演じるには既に年を取りすぎているので、彼は弁護士役?


理由がよく分からないのですが、昨年度までは放送大学だったチャンネルに春から通販の24時間番組が映る様になり、セールスレディ達の独特の口調に釘付けになっております。
(1)語尾の母音が長い
「お客さまぁ〜、この商品、残り僅かとなっておりますぅ〜」
(2)「○×感」という表現を多用
「ファンデーションを塗った後の、このお肌のツヤ感!」
「ガードルを着けた後のお尻のハリ感!」
「麻100パーセントならではの、このシワ感!」
「どうですか、ネックレスのこの揺れ感!」
(3)普通、□△って○×じゃないですかぁ〜
「普通のジャムって、フタを開けると中味が固まっているじゃないですかぁ〜」
「普通のステッパーって、上下運動だけじゃないですかぁ〜」
(4)行き過ぎた丁寧口調
「それではこのオムライス、私もいただかせていただきます」
シワ感、揺れ感などに至っては、もはや完全に意味不明です。全員が同じ教育を受けているのか、どのセールスウーマンも同じ口調で、それでもちょっと品のない人とかなり上手な人がいるのが面白い。時に演技過剰な様子は見ていてちょっと微妙ではありますが(そうしてでも売り込むのが仕事だから仕方ないですが)、コワイもの見たさ(失礼)でついついチャンネルを合わせてしまう毎日です。


都内某所にあるカレー店が「ナイアガラ」です。鉄道マニアの店主が経営しており、テレビ等でも時々紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれません。20数年前に仲間とバンド練習をしていた貸スタジオがすぐ近所だったので、皆でよく通っていました。今も変わらずに営業中。(調べてみたら、開業昭和38年だそうです。)
↓店内は鉄道グッズで溢れ返っています。座席も、電車の対面式シートを流用した物。

↓店内の壁沿いにレールが敷設され、注文したカレーは鉄道模型に乗って運ばれてきます。

あれこれ写真を撮っていたら同好の士と勘違いされたのか、店主が話しかけてきました。少し離れた敷地に蒸気機関車の車輪が飾ってあり、26年間毎日磨いているので是非見ていってくれ、とのこと。人の背丈ほどもある巨大な車輪は黒く輝いておりました。帰り際に再び店の前を通過すると、店主が手を振っている!無茶苦茶人懐っこいおっちゃんです。この店に長らく通っていますが、注文する以外でコミュニケーションを取ったのは初めて。鉄道とこの商売が本当に好きなんだなーと思い、ちょっと感動しました。きっと幸せな人生だろうと思います。


1992年のライブ・アンダー・ザ・スカイにおける、パット・メセニー・グループ(PMG)のライブの模様。(もう消されていたらすみません)
http://www.youtube.com/watch?v=aJTgv4UNhOM
Pat Metheny曲は1987年リリースの「スティル・ライフ」のトップに収録された"Minuano"です。この時期のPMG人気を支えたペドロ・アズナール(vo, g, perc, etc...)の神々しいボーカルが楽しめます。スタジオ録音バージョンの"Minuano"でボーカルを担当しているのは故マーク・レッドフォードとデヴィッド・ブラマイアーの二人であり、ペドロ・アズナールが参加している"Minuano"の公式録音は存在しないので、そういった意味でも貴重な映像です。
私は大阪は万博公園での公演を見に行きましたが、席が後の方だった上に野外なので音がぼやけてあまり楽しめず、やっぱりPMGのライブは屋内の方がいいなあ、と思いながら聴いていました。初めてPMGのライブを見たのは80年代の終りで、メンバーもこのライブ・アンダー・ザ・スカイの時と全く同じ布陣。やはりこの時代のPMGには強い思い入れがあります。

Pedro Aznar
美術番組や音楽番組を見ながら、豆知識を増やしている我が家の2007春です。4月開講の外国語講座も続々と始まり、ただボーっと眺めているだけで結構楽しめる。スペイン語講座の生徒役には関根勤の娘の関根麻里が出演。テレビタレントに知性を求めるということ自体が間違っている気もしますが、頭の回転の早そうな彼女のファンになりつつあります。彼女は宮崎美子とキャンディーズのスーちゃんを足して二で割った様ですね。(家人談)
ついでに言うと、高田純次とルー大柴も好きです。ルー大柴が実は繊細な人物だということを、私は1990年の時点でいち早く見抜いていました。
駐車場にて
テレビ健康情報番組における捏造問題が大きな話題になった昨今ですが、視聴率競争に勝つためには手段を選ばない女プロデューサーをフェイ・ダナウェイが演じた「ネットワーク」(1976)は、捏造とはまた別の意味でのモラル欠如をテーマにテレビの暴走を扱っています。(2007年1月に格安1000円DVDが出た様です。)
視聴率低下で降板が決まったニュース・キャスターが自らの番組で自殺宣言をするという大スキャンダルが勃発。しかし、その話題性を利用してフェイ・ダナウェイが番組を煽っていく。やがてメディア批判を唱えるキャスターは大衆から英雄視されるようになり、視聴率はウナギ登りというお話。怒れるカリスマに変貌していくキャスターを演じたピーター・フィンチは、アカデミー主演男優賞にノミネート後に他界。アカデミー史上初めて故人として受賞した人物となりました。フェイも主演女優賞受賞。ちなみに、この年の作品賞&監督賞は、2007年現在で最新作が話題になっている「ロッキー」の第一作目で、あれからもう30年かと思うと感慨深いです。この調子では人生あっと言う間に終わります。
1978年の香港製コメディ映画「Mr.Boo!インベーダー作戦」(マイケル・ホイ監督主演)もテレビの非人間性をテーマにしており、登場する冷酷な女性プロデューサーは「ネットワーク」のパロディだと思われます。

視聴率争いの中で自分を見失うキャスター役のピーター・フィンチ。
寝巻きの上にコートを着ているのが狂気の現れ。
米国郵政公社が2007年5月にスター・ウォーズ切手を発行するそうです。多くの登場人物や様々な造形の宇宙船の中から誰を(何を)どう選んで図案化するかに、担当者の苦悩が感じられます。

主要キャラクターはほぼ網羅されていますが、青年時代のアナキン・スカイウォーカーを演じたヘイデン・クリステンセンと、同じく若きオビワン・ケノービのユアン・マクレガーの顔が見当たりません。(二人が剣を交えるシーンがあるにはあるのだが、いかんせん顔が小さ過ぎて分からない。)彼等が新三部作の実質的な主人公でもあるので、これは外せないと思うのですが…。ジャンゴ・フェットやダース・モール(赤鬼みたいな奴)なんて、もっと端役であるにも関わらず一人で大映しなのに。
それにしても、スター・ウォーズ熱いまだ収まらずですね。

映画に没頭し始めた頃には、60年代後半から70年代前半の名作の数々に憧れていました。当時の映画雑誌によく取り上げられていたので、強く感化されてしまった訳です。いわゆるアメリカン・ニューシネマの代表的な一本である「明日に向かって撃て!」(1969)は、中でも特別に強い憧憬を感じていた一本。

なんといっても有名なのは、バート・バカラックの名曲「雨にぬれても」が流れる中、ポール・ニューマンがキャサリン・ロスと自転車に乗るシーン。子供の時には、ただ綺麗でほのぼのとしたシーンとしか理解できなかったのですが、今見ると、主人公二人とヒロインの男女三人の親しくも微妙な関係性を提示する上でストーリー的に重要というだけでなく、男二人のユーモラスながらも無軌道な生き様とこの詩情豊かな場面が、絶妙のコントラストを醸し出している事が分かります。また、劇中の時代としては珍しかった自転車が「明るい未来」を象徴する乗り物として登場するのは、破滅に向かう彼等の人生とは対照的。それを示す小道具として自転車が的確に機能しているのも明白で、そう考えながら観ていると、映画とはつくづく面白いものだなあと思います。
バカラックの劇中音楽も、決して冗舌ではないのですがジンワリと心に染み入ります。ことに、儚くも切ないテーマ曲のメロディーは映画の冒頭からラストまでアレンジを変えて度々登場し、作品を観終えた後も強い余韻を残す。銀行強盗のカットで流れる洒脱なスキャットでもバカラック節が炸裂です。
更に、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードという当時の大スタアが登場するのもポイント高いです。(個人的には、映画スターと言えば彼等のことを指します。あとスティーブ・マックィーンと。)また、やはりアメリカン・ニューシネマのひとつに数えられる「卒業」のヒロインでもあったキャサリン・ロスの、清らかな佇まいも忘れられません。彼女の存在それ自体が「破天荒」への対比そのものであり、安息の象徴でもある。彼女が去った後の彼等を待っているのは、もう終焉でしかないのです。そして映画史に残るラストシーン。
「ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド」という原題に「明日に向かって撃て!」という邦題がついたのも、なかなかイイなと思います。これは単に好みの問題かもしれませんが。

榊○郁恵がかつてアイドルだった事を知っている人も年々減ってきている様な気がする今日この頃。そんな彼女が1978年の「夏のお嬢さん」でヒットを飛ばす前に出していたシングルが、「アル・パシーノ+(たす)アラン・ドロン<(より)あなた」です。アル・パシーノという表記に時代を感じます。

当時(正確にはシングル発売時より少し後)の私の認識としては、アル・パチーノは個性派ではあっても決して二枚目ではなく、共に小柄でありながら印象的な芝居をするという点で、例えばダスティン・ホフマンと似た印象の役者と思っていました。(あくまでも70年代当時の話です。)従って、アル・パチーノをアラン・ドロンと並べるのはちょっと無理があると思うのですが、いくら二枚目でもロバート・レッドフォードでは曲のタイトルとして語呂が悪かったのでしょうか。
アル・パチーノもダスティン・ホフマンも今なお一線で活躍中ですが、特に70年代の彼等の活躍振りは目覚ましいものがありました。パチーノには「ゴッドファーザー」や「狼たちの午後」がありますし、ダスティン・ホフマンは60年代の「卒業」や「真夜中のカーボーイ」を皮切りに、出演作に全く駄作がないという素晴らしくも徹底した仕事選びでした。(個人的にはローレンス・オリビエと共演した「マラソンマン」が好きでした。)
パチーノの名前が冠された曲をアイドル歌手が歌っていたという事実は、当時の彼の個性や存在感を考えるにつけ、かなり意外性のあることのように思えます。子供を相手にする商売としては、ややマニアック過ぎた感もあります。

Cantiga De Longe/Edu Loboエドゥ・ロボの曲はエリス・レジーナやセルジオ・メンデスなど様々なミュージシャンに取り上げられていますが、個人的に一番よく聴いていたのはフローラ・プリム(フローラ・プリン)が歌っていたバージョンの"Casa Forte"です。"Cantiga De Longe"はまさにこのナンバーで幕を開けます。
ジョビンなどに代表される典型的なボサノヴァよりも、もっとダークな色遣いを感じさせる曲達。演奏のスタイル自体もかなり北東部の匂いを感じさせるものかと思うのですが、この辺の認識はいい加減なので間違っていたらご指摘下さい。やけに内省的なジャケットも、ある意味インパクト大。
バックにはエルメート・パスコアルのピアノとフルート、アイアートのパーカッションが加わっています。特にエルメート大活躍で、その点も大きな聴きどころです。ドラムのクラウディオ・スロンはセルジオ・メンデスのドラマーを務めた奏者、ベースのジョゼ・マリーノもアストラッド・ジルベルトとかやっていた人だと思います。ちなみに、ジョゼ・マリーノは90年代初頭にYUTAKAのプロデュースでVelasというブラジリアン・ジャズのアルバムをリリースしていて、こちらも隠れた名盤。

成り行きにより、シニア向けファッション雑誌「Z」の動向を追っている私です。もちろん4月号もイメージ・キャラクターのザビヌル先生が表紙です。今回は京都特集。前号も「神社仏閣特集」だったと記憶していますが、個人的には青少年向けファッション誌よりも、こっちの内容の方がよほど興味のあります。まあ自分自身が「Z」のターゲット年齢にそう遠くもなくなってきているので、ある意味当然と言えば当然です。
また、今号にはデイヴィッド・サンボーンのインタビューも掲載されているということで、音楽誌以外の雑誌では珍しいですね、こういうの。この場に駆り出されたサンボーンもすっかりトシをとったという事でもありましょうし、それはとりもなおさず、ジャズ/フュージョン・ファンもそれなりの年齢になってきたという事をも意味しているのかもしれません。

