今まではゴーヤチャンプルーが苦手でした。とにかくあの強烈な苦味がダメだったのです。ところが7月のある日、突然に好きになってしまいました。
写真はイメージです音楽の趣味が変わって昔嫌いだったものが大好きになる、という経験はこれまでも度々していますが、それは10年、20年かけて緩やかに起こっていた事でした。今回はわずか一日で突如として起こった変化に驚いています。家人も驚いています。
最新作が話題の映画版「ミッション・インポッシブル」ですが、テレビをつけたら第一作目を放送中だったのでついついまた観てしまいました。何度観ても面白いです。もちろんオリジナルは有名なテレビ・シリーズの「スパイ大作戦」。オリジナルに思い入れのある世代の方々の目にどう映っているのかちょっと分かりませんが、トム・クルーズをカッコ良く見せる為の映画として、非常に上手く作られているのではないかと思います(褒めているように聞えませんが、褒めているつもり)。ジョン・ボイト、ジャン・レノ、エマニュエル・ベアール、クリスティン・スコット・トーマス等々豪華キャストが並び、特に老いて尚気品を漂わせる大女優バネッサ・レッドグレイブには、恐るべき貫録を感じました。

誰が敵で誰が味方か分からないまま話は目まぐるしくサスペンスフルに展開し、舞台をフランスのTGVに移して一気に物語は佳境に突入する訳ですが、トム演じる主人公のイーサンが本当の黒幕に気付く場面の編集が非常に巧みで、かなりワクワクさせられます。
ヒッチコキアンの代表格、ブライアン・デ・パルマ監督の手腕が存分に発揮されているスリリングな作品です。
夕暮れにかすかに見えた飛行機雲。

英語で「ひこうきぐも」の事を何というのか調べたら、airplane trackとかcondensation trailとか言うらしいです。一般に日本人は「ひこうき雲」にある種の感慨を抱くもので、同名の有名ポップスもあるくらいですが、日本以外の文化圏ではどういう受け止め方なのでしょう。西洋では虫の声に風情を感じることもなく単なる環境ノイズとして聞いているらしいですが、ひこうき雲も同じくひとつの物理現象でしかないのか。それとも日本人同様、何らかの想像力をかき立てる事柄なのでしょうか。
2006年10月に出ることになった新作CDでは、自分としては初めてカリンバを使っています。といっても大した事をやっているわけではないのですけれども、コンガとのアンサンブルという形で短い局面ながら演奏しています。

かなりパターンを練習してから録音したので、指先に水膨れが出来ました。
フローラ・プリムの2003年作。フローラの最近作は全部追いかけてはいないのですが、このアルバムには全盛期を彷彿とさせる素晴らしさを感じます。一曲目はドン・グルーシン作曲のラテンタッチのオリジナル"This Magic"で、これが非常にカッコ良くて掴みはバッチリ。この曲のようなラテン調のものとブラジリアンな曲、更に4ビート物が混在していて、起伏に富んだアレンジがアルバム全体に豊かな色彩感をもたらしています。
Flora Purim "Speak No Evil"タイトル・ナンバーの"Speak No Evil"は言うまでもなく同名のウェイン・ショーターのオリジナルで、これに歌詞をつけて八分の六拍子のアフロキューバンで演奏されています。7曲目の"Primeira Estrela"のアレンジとキーボードを日本が誇るYUTAKA(横倉裕)が手掛けているというのもファンには嬉しく、YUTAKAの得意とするポップなブラジリアン・チューンが楽しめます。また、フローラの1stアルバム"Butterfly Dream"でも演奏されていた"Moon Dreams"がオリジナルのポルトガル語バージョン"O Sonho"(作曲はエグベルト・ジスモンチ)として再演されているのにも要注目です。夫君アイアートのドラム&パーカッション、盟友ゲイリー・ミークのサックスが冴えまくっています。
70年代のフローラのような破壊力や爆発力はないのかもしれませんが、円熟したボーカルの表現と適切なアレンジ、プレイがうまく溶け合った好盤です。
「週刊ブックレビュー」という書評番組があり、ここで司会をしている中江有里のやたらと落ち着いた物腰と知的な佇まいにやられて、家人共々すっかりファンになってしまいました。
本人の公式ページのプロフィールを見ていたら、好きな映画に「アメリカン・ビューティー」(ケビン・スペイシーの代表作)や「チャンス」(ピーター・セラーズの晩年の最高傑作)など個人的に好きな映画も挙げられていて、ますます好感を持ちました。
「週刊ブックレビュー」では毎週かなりの冊数が紹介されています。最低でも週に4冊程度は読破しておかないと番組進行に差し障ると思われるので、これをこなすからには相当の読書家ではないかと踏んでいましたが、公式ページによると趣味は案の定「読書」とのこと。しかも年間300冊以上読んでいるそうです。最近すっかり活字嫌いの私は、残念ながらお友達になってもらえそうにありません…。

皆さんこんにちは。
後から気付いたのですが、このアルバムの紹介、今年の4月に既に書いていました。ボケボケで全くガックリきます。せっかく書いたので、重複しますがこのまま載せる事にします。
案外気付いていないだけで、今までも同じこと何度も繰り返し書いているのかも…。
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1984年から長年レギュラー・ドラマーを務めていたポール・ワーティコに代わってアントニオ・サンチェスが起用され、ボーカルにリチャード・ボナ、トランペットにクォン・ヴーが参加した新生パット・メセニー・グループの2002年作。リリース当初は、メンバーの顔触れが変わった事も含めてもうひとつ評価が定まらない感がありましたが、今聴くといつも通りの完成度と安定感を感じさせる、よく出来たアルバムだと思います。
Pat Metheny Group "Speaking of Now"既にザビヌル・シンジケートで大活躍していたボナの参加が当時相当の話題になり、ボナのボーカルに対する先入観からくる賛否が渦巻いていたようなのですが、私自身はボナの歌唱スタイルをほとんど知らなかった事もあり、なんの抵抗もなく楽しめました。といいますか、もっとボナの歌うメセニー・グループを聴きたい位。実質的に本作のみの参加で終わったのは残念です。特に5曲目の"You"から6曲目"On Her Way"への流れと、ラストの"Wherever You Go"が気に入っています。"Wherever You Go"は一頃は携帯の着信音にしておりました。
国内盤にはボーナストラックとしてオマケのギター・ソロ曲が入っていますが、アルバム全体的に見ると蛇足という感も否めず、メセニーのプレイならなんでもいいから聴きたいという方以外は、ボーナスなしの輸入盤で十分かと思います。
映画の日に「カーズ」を観てきました。ピクサーのアニメは「モンスターズ・インク」、「ファインディング・ニモ」等々どれも実によく出来ていて毎回毎回その完成度の高さに驚かされますが、今回も例に漏れず素晴らしい出来映えでした。本作では人間は全く登場せず、人格を持った「車」達が登場。主人公は飛ぶ鳥落とす勢いの若いレーシング・カー。しかし傲りと慢心の為に周囲の人々(正確には車々とでもいうのか)は彼の元を離れていき、そんな中で触れ合う純粋な他者(他車)との交流の中で本来の自分を取り戻していく主人公。一方で安らぎの日々も長くは続かず、決戦のレース日は迫る!果たして結末は?

日進月歩のCGの出来がまず驚異的。今回は車体の光沢や走行時のスピード感、本来は表情などありえないはずの車に的確な感情表現をさせる描写力などに目を見張りました。無機物であるところの「車」がテーマということで、ふさふさした毛皮や海中の魚群などの有機物を巧みに描いてきた過去作ほどは期待していなかったのですが、その映像には予想を遥かに超える驚きと感動がありました。また、毎度のことながらストーリーやキャラクター設定、サスペンスの盛上げ方が絶品。無駄な登場人物が一人もおらず、物語の展開もこれ以外にはあり得ないという位に絶妙にツボを押えており、尚かつそれが陳腐な常套手段的語り口に落ち込んでいないところがまたスゴイ。いやあピクサー素晴らしい!クレジットを調べてみたら、脚本やストーリー作りに関わっているのは10人以上。あの完成度は、よってたかって大勢で捻り出した物のようです。恐るべし共同作業の威力。また、往年の大俳優ポール・ニューマンが重要な役どころで声の出演を果たしているのも嬉しいです。
尚、エンドクレジットには毎度お馴染み、オマケのお遊びがありますので、ご覧になるときは最後まで席を立たれませぬよう。

トボけた顔で、本当に福を運んでくるのか怪しいものですが、
街で見掛けた巨大招き猫です。不敵な面構えを見込んで
写真に収めました。
昭和53年から少年マガジンに連載されていた柳沢きみおの代表作「翔んだカップル」。薬師丸ひろ子主演で映画化もされました。高校に入学した同級生の男女が、不動産屋の手違いでひとつ屋根の下で暮らす事から始まる顛末を描いた学園モノ。

「女だらけ」、「すくらんぶるエッグ」、「月とスッポン」など初期の柳沢きみお作品はコメディ色が強いドタバタ調のものが多かったのですが、この「翔んだカップル」は、連載開始当初こそラブコメ調の明るい作風だったものの、途中から話がどんどん暗く暗くなっていきます。三角関係、それに端を発する親友のノイローゼと交通事故死、恋人の自殺未遂など、昼ドラ顔負けのドロドロとした展開を見せ、赤裸々な人間模様をあからさまに描く後の柳沢きみおの作風の萌芽を感じ取れる作品ともいえましょうか。
主人公達の高校卒業と共に、なんとなく明るい未来を匂わせつつ曖昧に物語は終わり、その後は大学進学後の彼等を描いた作品など二つの続編が作られています(未読)。あろうことか、最近は中年になった彼等の子供達を主人公にした物語まで連載されているらしいです。なんでも聞いた話では、昔ハツラツとした高校生だった親達は今ではまったくウダツが上がらない人生を送っており、子供らは子供らで、世代が変わっても親の頃と同じ様なドロドロとした男女関係を繰り広げているらしい。昔のファンとしては、読んでみたいようなみたくないような…。
物語というのは、ある時点で時が止まっているところに夢や希望があるのであって、例えばタラちゃんが大学受験にことごとく失敗して失意のドン底に陥る姿とか、カツオが花沢不動産の婿養子になって肩身の狭い思いをする姿とか、ワカメが結婚に失敗して出戻る姿とか、そういう「現実」は見たくないですよね、やっぱり。
タヒチのモーレア島です。泊まったバンガローはChez Billy Ruta(ビリー・ルタの家)というところで、ワラブキ屋根の小屋が何軒も並んでいました。経営者のお婆さんは「(家の方に置いてある)冷蔵庫は自由に使っていいよ」とのことで、ミネラルウォーターなど入れさせてもらいました。
photo by 家人海はびっくりするほどキレイという訳でもなく、特に泳いだりはしなかったのですが、あまりにも風情豊かな光景でした。写真の方にどこまでその詩情が現れているかは分かりませんが…。もっと青く澄んだ海や色鮮やかな熱帯魚とかは他でも堪能できるのですが、時の止まったかのようなマッタリ感はこの島がベストでした。
Lampの染谷君のブログにロー・ボルジェスの
"A Via Lactea"が紹介されています。私も近年ハマっているミナス音楽、その中でも特に有名な一枚です。
ミナス音楽というのはブラジルのミナス・ジェライス州で発展したブラジル音楽(ブラジリアン・ポップス)の一形態で、アフリカ伝来のリズム、土着のインディオの音楽、ポルトガル人が持ち込んだと思われるヨーロッパの教会音楽などの要素が混在したものと言われています。
ジャズ/フュージョン界には、ミナス音楽の代表的存在であるシンガーのミルトン・ナシメントをフィーチャーしたウェイン・ショーターの大傑作"Native Dancer"(1974)という一大モニュメントがあり、このアルバムを通じてジャズ/フュージョン・ファンがミナス音楽に流れてくるというのは比較的よくあるパターンのようです。また、80年代後半〜90年代前半のパット・メセニー・グループのサウンドも大きくミナスの影響を受けており(ミナス音楽の旗手であるトニーニョ・オルタやミルトン・ナシメントとの共演が影響したとも指摘されています)、私はこの辺を通じてミナスに行き着いた人間です。
"Native Dancer" Wayne Shorter featuring Milton Nascimento前述の様にミナス音楽そのものが様々な文化の影響を色濃く受けて融合発展した「フュージョン」(フュージョンとは「融合」の意」)とも言えるわけで、フュージョン・マニアがミナスに惹かれるのもある意味必然かもしれません。一方でミナスの一部アーティストにはビートルズを中心としたロックやポップスの影響も強く、そういった要素からミナス音楽に接近していく人も多いようです。私自身は真摯な宗教心とかキリスト教に対する興味などはほとんど持っていない普通の日本人ですが、恐らくは伝統的な宗教音楽に端を発していると考えられる西欧的なメロディーとかハーモニーに非常に惹かれるものがあり、ミナス音楽に心動かされるのはそういう嗜好とマッチする部分があるからかもしれません。
とりあえずミナス音楽を聴いてみようという人にお勧めなのは、ポップなロー・ボルジェスの"
A Via Lactea"、ローのポップさとミルトンの崇高さ(?)が溶け合ったミルトン・ナシメント&ロー・ボルジェスの"
Clube da Esquina"、ちょっとジャジィなトニーニョ・オルタの"
Toninho Horta"あたりでしょうか。どれも一回聴いただけではピンと来ないかもしれませんが、繰り返し聴くうちにその虜になること間違いなしです。とにかく「豊饒」な音楽なのです。
先日書いた「
暗くなるまで待って」のところで、ヒッチコックのサスペンスのヒロインに是非オードリーを起用して欲しかったという話を書きましたが、筈見有弘著「ヒッチコック」(講談社)によると、実際にオードリー・ヘップバーンをヒロインにした企画が存在していたそうです。ヒッチの代表作「北北西に進路を取れ」(1959)の次に予定されていた「判事に保釈はない」という小説の映画化作品がそれで、既に出演契約も済ませていたものの、自身の女優イメージに傷がつくシーンがあったが故にオードリーが役を蹴ってしまい、ヒッチコックは大変ご立腹だったとのこと。ブロンド好きのヒッチコックだけあって、オードリーの髪もブロンドに染める予定になっていたそうです。ヒッチコック作品のオードリー、実現しなかったのは実に残念。
イングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、ティッピー・ヘドレンなどヒッチコック作品に何度も登場した彼のお気に入り女優は多いですが、私が一番好きなのは「北北西に進路を取れ」のエヴァ・マリー・セイントです。
Eva Marie Saintこの時代の銀幕のヒロイン達の多くが既に鬼籍に属してしまいましたが、エヴァ・マリー・セイントは今も活躍中で、スーパーマンのリメイク"Superman Returns"には主人公クラーク・ケントの育ての親、マーサ・ケント役で出演しているそうです。また、スーパーマンの宿敵レックス・ルーサー(旧作ではジーン・ハックマンが演じていた)をケビン・スペイシーが演じるとのことで、これまた楽しみ。ちなみに、"Superman Returns"の監督ブライアン・シンガーは、スペイシーの出世作「ユージュアル・サスペクツ」の監督でもあるんですよね。
オードーリー・ヘップバーンの代表作「ローマの休日」の著作権保護期間に関する解釈の問題(1953年問題)が争われています。結局「ローマの休日」の著作権は2003年一杯で失効したという裁判所の判断は妥当な物だという識者の見解が多いようですが、いい加減な立法のせいで然るべき権利が失われてしまって、これは当事者は納得出来ないだろうなと思います。
1953年問題(ウィキペディア)さて、そのオードリーが1967年に主演したのが名作「暗くなるまで待って」です。盲目の人妻スージーが、事情を知らぬままに麻薬入りの人形を預かってしまった事で悪党につけ狙われるというサスペンス。主人公が盲目という設定がうまく生かされており、初期の007シリーズでも活躍したテレンス・ヤング監督の演出も冴えています。個人的には、電話機を使ったトリック(?)が印象的でした。
暗くなるまで待って一般には「ローマの休日」や「ティファニーで朝食を」等のラブ・ロマンス物がオードリーの代名詞になっていますが、「シャレード」とかこの「暗くなるまで待って」とか、スリラー系映画に出演している彼女もすごくハマっていると思います。ヒッチコック映画のヒロインなど是非やって欲しかったものです。
ブラジルの4人組コーラス・グループ「ボカ・リヴリ」が1979年に録音した1stアルバム"Boca Livre"。素朴なコーラス・ワークが素晴らしい傑作です。トニーニョ・オルタの"Diana"や"Pedra Da Lua"、そしてミルトン・ナシメントの"Ponta De Areia"など、ミナスの代表的ナンバーをカバーしている他、メンバーのマウリシオ・マエストロとあのジョイスとが共作した"Misterios"も演奏されています。
Boca Livre "Boca Livre"ボカ・リヴリは若干のメンバー交代を経ながら現在も活動中。90年代にはパット・メセニー・グループの超大作"The First Circle"を原曲に忠実にカバーするなど北米でも話題を呼び、素晴らしい作品を継続的にリリースしています。また、同時期にリリースされたライブ盤では、ギター、ベースを自らの手で演奏しながら目眩くコーラス・ワークを展開するという離れ業(?)を披露。巧いコーラス・グル−プというのは世の中に数多あれど、大概はバックにバンドを従えているもので(マンハッタン・トランスファーだってそうなんだから)、楽器をプレイしながら全てのパフォーマンスを自分たちの手で完結させてしまうというグループは珍しいのではないでしょうか。
それにしても、歌が歌えるって素晴らしいですね。歌習いに行こうかな。まずはギターが先か。
テレビをボーっと見ていたら昔の人気番組「ザ・ベストテン」の特別編を放送しており、生出演のサーカスが往年のヒット曲「Mr.サマータイム」を歌っていて感激しました。レコードのエンディングがすごく好きなのですが、テレビで歌われたバージョンはエンディングが違っていてちょっと残念。この曲、元々はフランス製のシャンソンなんだそうです。

数々のナツメロを流しながら昭和の映像を延々と見せて懐しい気分にさせてくれるテレビのCD通販番組も、ついつい見入ってしまいます。
私が今のところ一番得意とするパーカッションは「コンガ」です。コンガというのは、恐らく多くの方々がご存知かと思いますが、ラテン・ミュージック、つまりサルサとかラテン・ジャズとかで主に使われる楽器です。(今はソウル、ファンクからロック、ポップスまで幅広く使われおり、ラテン専門という束縛感は薄れつつあります。)一方、個人的には最近ブラジル系の音楽に強くハマっており、作る曲にもそういう傾向が強くなっています。で、ここがポイントなのですが、正統的なブラジル音楽ではあまりコンガは使いません。というわけで、自分の得意楽器とやりたい音楽との間にギャップが発生してきて、ちょっと困っています。
もちろん、今どきのブラジル音楽でコンガを使っている曲も決して少なくはないですし、フュージョンに代表されるようなコンテンポラリーなアレンジを考えて使えば全然問題ないのですが、「得意楽器は琴」で「好きな音楽はヘビメタ」みたいな矛盾を個人的にはちょっと感じています。(それほど極端ではないか。)

まあ必然性のないところで無理してコンガを使うこともないので、使わないときは潔く使わない。逆にブラジリアンなアレンジでいかにコンガを効果的に用いるかというのはひとつのチャレンジでもあり、その辺はその場その場で判断しながらやっています。
ちょっと話はそれますけれども、ポップスの文脈の中でコンガやジャンベを使うのも、案外難しいものなんですよね。うまくやらないと、いまひとつ垢抜けた感じにならないというか、悪い意味でのワールド・ミュージック・テイストが強くなってしまって「ポップス」としての分かりやすさが損なわれてしまうというか。パーカッションなんてただ脳天気に叩いていればいいだけのお気楽な楽器に見えますが(まあ確かにお気楽といえばお気楽ですが)、効果的に使うのはなかなか大変なものです。そこがまた面白いところでもあるのですが。
いつにも増してどうでもいい話で恐縮ですが、70年代の後半というのは自分にとって特別な時代でした。1978年には、当時としては画期的なSF映画スター・ウォーズの第一作が日本公開され、時を同じくしてこれまた画期的だったインベーダー・ゲームが大ブームとなりました。プチュン、プチュンという電子音のレーザー砲を発射しながら襲い来るインベーダーを撃ち落として行く快感は、自分がSF映画の主人公になった気分と重なるものであり、私の中ではスター・ウォーズを観た時のカタルシスとインベーダー・ゲームのそれは密接に繋がっていました。しかし学校側はゲームセンターを非行の温床と決めつけて出入り禁止とし、SF少年とインベーダー・ゲームの蜜月はある日突然終りを告げたのでした。
そして約30年の月日が流れ、当時の私の複雑な思いを知ってか知らずか、オランダのジャズユニットThe Jazz Invadersの"UP & OUT"は、突如として私の眼前に現れました。正確に言い表せているかどうか自信がありませんが、アフロ・キューバン+ハードバップ+ちょっとだけブラジリアン、という感じのジャズ・サウンド。なんでもドラマーがリーダーだそうで、ドラムとパーカッションの絡みを非常に上手く聴かせてくれて心地良く、パーカッショニストとしては「これはやられた」という感じのゴキゲン感を覚えます。
自分が曲(というかトラックというか)を作る時は、リズムも聴かせたいがアレンジも聴かせたいという具合で、こっちを立てればあっちが立たず、曲中でパーカッションを効果的に響かせる事の難しさを常日頃から感じさせられています。その点、このThe Jazz Invadersは、ピアノやらホーンやらアコースティック・ベースやらを用いてのオーセンティックなジャズ語法を的確に提示しつつ、アフロなリズムセクションのオイシイところをバッチリと前面に押しだしており、うまくツボを押えているなと感心しきりです。昔のアフロ・キューバン・ジャズに忠実な発想で、それを現代のダンスミュージック的な文脈で再解釈しているということでしょうか。いずれにしてもセンスがいいんでしょうねえ。どこかにセンス売ってないでしょうか。
THE JAZZ INVADERS "UP & OUT"http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1384962
昔の日記でも紹介したと思いますが、昨日からのSF繋がりでこの一冊を。ロバート・A・ハインラインが書き、福島正実(昨日触れた「迷宮世界」の作者)が翻訳したSF小説の古典的名作「夏への扉」です。

共同経営者と恋人に手ひどく裏切られ、発明の特許をも奪われた技術者の主人公が、愛猫ピートとともに冷凍睡眠やタイムトラベルで時空を駆け巡りながら自己の矜持を取り戻す様を、友情やロマンスを交えて描く痛快作。なんとも言えぬ鮮やかなラストに溢れる爽やかな読後感は、他では決して味わえません。単なるSF小説を超えた世紀の傑作です。
巧みに張られた伏線といい、予想外の大胆な展開と言い、ある意味予定調和とも言える恋の行方といい、どの要素をとっても非常によく出来た物語。
特に猫好きの人にはたまらないと思います。
今月の某紙自伝コラム連載は、SF作家の小松左京氏です。実は氏の作品はこれまで一冊も読んだことがなく(!)、このままではいきなり話が終わってしまうので話題を転換しますが、大抵の少年がそうであるように、小学生の頃は子供向け空想科学小説が大好きでした。中でも福島正実の「迷宮世界」という作品が強烈に印象に残っており、メインのSF的要素に加えて主人公男女の恋愛模様が描かれていたのが当時の少年向けSF小説には珍しく、なんとも叙情的な雰囲気を漂わせた切ない佳品でありました。
小説の世界でも映画の世界でも、SF作品には常に「コドモ向け」という先入観がつきまといます。私は今でも昔の趣味を引きずっており、SF特撮映画(特に昔の作品)が好きなのですが、いいトシしてそんな事を公言するのはちょっと恥ずかしい、という一般的な感覚も一応持ちあわせております。そういう意味では、高尚な文芸映画や純文学と比較してSF全般が白眼視されているであろう世間の風潮もなんとなく理解できます。そりゃ「やっぱりスターウォーズ最高ですねぇ」などと口走るよりも「大宰が好きなんです…」と言ったほうが利口そうに見えますわな。
最近はどうだかわかりませんが、一昔前の日本の文壇ではSF小説は小説にあらずという偏見が根強かったようです。(もしかしたら今もそうなのかな?)そういう中で道なき道を切り開いてきた日本のSF作家の皆さんには、大変なご苦労があったであろうと想像されます。いつの時代もパイオニアというのは偉大な存在です。
正月には
こんな感じだった商店街の巨大招き猫が、夏休みバージョンに変わっていました。


ドリ・カイミは大好きなソングライター/シンガー/ギタリスト/アレンジャー/プロデューサーです。などと言いつつ、実を言うとブラジル時代のカイミの仕事振りはあまりよく知らないのですが、なんでもカエターノとガル・コスタの名作"DOMINGO"にも、クレジットこそされていないもののドリ・カイミのディレクションが入っているらしいです。とにかく、彼の経歴を調べるとブラジル音楽の要人の名前が片っ端から出て来るような、そういう重要人物なのです。
彼は80年代末にロスに移住しており、その後リリースされたアルバムが入手しやすい事もあってよく聴いています。カイミ本人がプロデュース、曲作り、演奏を手掛け、LAのスタジオ・ミュージシャンがバックを務める一連の米国制作盤は、彼の素朴なセンスが北米的に洗練された感覚の上に表現されていてすごく好きです。(1990年前後のLA録音のブラジリアン・フュージョンには、同様な意味で好きなものが沢山あります。逆に、コテコテのブラジル物が好きな人にはちょっと違和感あるかもしれませんが。)
Dori Caymmi "Kicking Cans"この"Kicking Cans"の一曲目、"Migration"ではソリストにブランフォード・マルサリス(ソプラノ・サックス)がフィーチャーされており、彼のオブリやソロが実にいい感じです。スティングのライブ盤とかもそうですけれども、こういう歌モノの伴奏させたらブランフォードはピカイチですね。また、イヴァン・リンスやケヴィン・レトーもコーラスで参加。(どちらかというとドリ・カイミがソロで歌っている曲よりも、コーラス入りの方が好きだったりします…。)その他の曲にもリカルド・シルヴェイラ(g)やデイブ・グルーシン(p)などをソリストに配置しつつ、センスの良いカイミ・ワールドを展開しています。
横倉裕(YUTAKA)の琴が用いられた三曲目もいいカンジ。日本人としては、ブラジル音楽やフュージョン・タイプの曲で出て来る琴などの和楽器には偏見を持ってしまいがちですが、なかなかどうしてハマっているのが面白いところです。パーカッションは全編に渡ってパウリーニョ・ダ・コスタが叩いており、ブラジリアン・フュージョンはやっぱりこうぢゃなくっちゃ、という素晴らしいパーカッション・プレイを聴かせてくれます。ブラジル音楽でのコンガの使い方は慣れないと難しいのですが、そういう意味ではすごく参考になると思います。
ああ、それにしてもドリ・カイミの様な繊細な曲を書けるようになりたいものです。
自分は語学は大好きなクセに海外旅行が嫌いという、かなり特殊な人間です。外国語を少し覚えたら現地にでも行って試してみるか、というのが普通の発想と思いますが、私は室内で秘密裏に学習を行なっています。なので、今までの人生で海外に出たのは三回だけ。そのうちの一回、非常に貴重なタヒチ旅行(1996)の時の写真を見ていたらシロウト仕事なりに良さげなモノがいくつかあったので、これから時々アップしてみることにします。
これはタヒチ島からフェリーで少し行ったところにあるモーレア島で撮った写真。地味な宿を選んだので周りにほとんど人がおらず(隣のバンガローにフランス人の老夫婦がいただけ)、実にのどかでした。わらぶき屋根のバンガローも格安、確か一泊2000円程度だったと思います。本当にただの小屋なんですが。

それにしても、テレビの通販番組は面白いです。いかにも弁が立ちそうなヤリ手セールスマン風味の人ばかりかと言えばそうでもなく、地方出身者を思わせる朴訥な語り口の遠慮がちな売り手が活躍しているのも興味深いところ。あれは元からああいう素朴タイプの人なのか。それとも実は口から先に生まれた天性の営業マンが、テレビカメラの前で敢えて控えめに振る舞っているだけなのか。もしも「いかにも誠実で人畜無害そうなヒト」を演じているのだとしたら、それはそれで凄い事ではないでしょうか。ある意味「ハキハキとしたポジティブ人間」を演じるよりよほど芸が細かい話だと思います。
地であるにせよ演技であるにせよ、プロは大したものですね。

どうしてもゲイリー・バートンを生で聴いてみたかったので、色々な意味で大変でしたが思い切って行って参りました。大変満足です。数えてみたらブルーノートに行くのは7年振りでした。
★Gary Burton Quartet Revisited 2006年6月2日 ブルーノート東京
ゲイリー・バートン(vibe)
スティーブ・スワロウ(b)
パット・メセニー(elg)
アントニオ・サンチェス(ds)

演奏曲目 (1st set)
1. Sea Journey (Chick Corea)
2. Olhos de Gato (Carla Bley)
3. Falling Grace (Steve Swallow)
4. Question and Answer (Pat Metheny)
5. Coral (Keith Jarrett)
6. African Flowers (Duke Ellington)
7. Missouri Uncompromised (Pat Metheny)
8. アンコール曲:アナウンスがなかったので曲名が分からなかったが、
ファンサイトの情報では"Walter L."というバートンのオリジナルだそう。
以下、印象的だった点を個条書きで記します。
●一曲目は結構好きなバートンの70年代のアルバム"Passengers"のトップに収録の"Sea Journey"だったので、いきなり体液が沸騰。バートン〜スワロウ〜メセニーという顔触れで録音されたこのアルバムから演奏されるというのは今思えばある程度予想できそうな事だったが、それにしても嬉しい驚きだった。入れ替え後に行われた2ndセットでは、これまた大好きな曲"Open Your Eyes, You Can Fly"("The New Quartet"収録)も演奏されたそうで、こちらが聴けなかったのは非常に残念。"Sea Journey"も嬉しかったけれど、どちらか一曲と言われれば正直"Open Your Eyes〜"の方を聴きたかった。
●その愛聴盤"The New Quartet"から、カーラ・ブレイの"Olhos de Gato"、キース・ジャレットの"Coral"の二曲が演奏され、またまた血が騒いだ。
●バートンとメセニーの共演盤"Like Minds"にも収録されていたメセニーのオリジナル"Question and Answer"が演奏されたのは、恐らく大方の予想通り。
●ファンサイト情報によると、他のセットではアルバム"Gary Burton and keith Jarrett"収録曲など、その他多くの旧曲も演奏された模様。今回の公演は新作中心の選曲にもなるかと勝手に思っていたが、スワロウ、メセニーらと合流した半ば同窓会的なシチュエーションも踏まえてのことか、70年代前後のレパートリーが数多く取り上げられたのは嬉しゅう御座いました。
●久々見たスティーブ・スワロウは随分とお爺ちゃんになっている様子だったが、演奏は非常に力強かった。エレアコの5弦ベースをいつも通りピックで弾いていた。特に彼のオリジナル"Falling Grace"でテーマからいきなりベース・ソロになだれ込むところは、とてつもなくスリリングだった。
●ドラムのサンチェスはパット・メセニー・グループ加入当時(2002年頃)からウマいウマいと絶賛されていたのでこんな事を言うのは今更だが、アコースティックなセットで柔軟に状況に対処する姿を見て、改めて彼の凄さを実感した。特に曲エンディングのカデンツァ部分(?)など、あ・うんの呼吸で全体の流れに乗りつつ、自らも流れを作り出す様は鳥肌モノ。バッキングしていてもソロをしていても、その自然な巧さが滲み出てしまって隠そうにも隠しきれない。
●エリントンの"African Flower"というのは彼の書いたナンバーの中でも有名な物なのだろうか。ものすごく良い曲だった。
●普通にドシロウト的な意見だが、バートンのビブラホンはやはり人間離れしていて物凄かった。いつかマトモにバイブを演奏出来るようになりたい、などと考えている自分はただの勘違い野郎だと思う。
●こういうメンバーでの演奏はなかなか実現しないと思うので、是非とも今回のツアーの模様をCD化して欲しいもの。

いつもご覧頂いている皆さんも、たまたま通り掛かりの方々も、当ブログをお読み頂きありがとうございます。2006年も半分が過ぎました。毎度毎度バラバラなトピックを手当たり次第に書き散らし、内容的な統一感の全くないブログになっているにも関わらず、これだけ個人日記が氾濫している中にあって、わざわざ足を運んでいただいて本当に有難いです。
それにしても最近のウェブコンテンツはすっかり重くなってしまい、古いiMacを使っている我が家では表示に時間がかかって仕方ありません。ダイアルアップだった頃の時代に逆戻りした感があります。ああ最新の機材が欲しい。
今どきこんなにデッカいデスクトップPCを使っている人がいるのでしょうか?
某紙連載の自伝コラム「私の履歴書」、6月掲載分は作曲家の遠藤実氏(「高校三年生」、「せんせい」などの作者)でした。戦中戦後は誰もが苦労した時代なのでしょうけれど、氏の若き日々も例に漏れず逆境の連続。次から次へと襲い来る苦難に、読む方も思わず手に汗握らされました。
例えば実業界で目覚ましい業績を挙げたような方々の連載にも、事業に賭けるすさまじい熱意や人並外れた強靱な意志が感じられる訳ですが、一方で氏の文章には、読者に「伝えよう」とする気迫が一段と充ち満ちているような気がしました。やはり、より多くの人に伝えてナンボのエンタテインメント業界の人間ならでは、という事でしょうか。読み物としてかなり面白かったです。
一ヶ月続いた連載は、長年苦楽を共にした奥様が他界したところで幕を閉じました。
